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【第3話】バレンタインデーとホワイトデーの由来・日本のバレンタインデー

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この記事の所要時間: 540

前回の【第2話】でご紹介したように、日本にバレンタインデーという呼称と、チョコレートを贈る習慣を持ち込み、広めようとした会社。それは間違いなく、神戸の老舗洋菓子店・モロゾフだと思われます。

モロゾフがバレンタイン用のチョコレートを最初に販売したのが、1932年(昭和7年)。

成功していれば、日本でも戦前からバレンタインの風習があった事になるでしょう。

でも、戦後生まれの方々に尋ねると

自分たちの子供の頃には、そんなものなかった

と言うではありませんか!!

これは、どういうことなのでしょうか?

今回は、日本のバレンタインがどのように発展していったのか、その由来をお話します。

まずは外国人がターゲットだった、日本のバレンタイン

確かに昭和初期の日本は、大正ロマンの影響もあって、欧米文化への憧れが強くありました。そして、モロゾフのパンフレットにも、多数の日本人が関心を示したと言います。

とは言え、ならば自分もと実践したり、導入しようとする日本人は殆どいませんでした。

そこでモロゾフは、元々バレンタインを特別視していた在日のアメリカ人西洋人に、日本でもチョコレートを贈ってもらおうと考えました。

そうして1936年(昭和11年)2月12日、東京で発行されていた英字新聞・ザ・ジャパン・アドバタイザーに掲載された広告のキャッチコピーがこちら!

あなたのバレンタイン(=愛しい方)にチョコレートを贈りましょう

正しく、母国での習慣を日本に居ても大切にしましょう、という呼び掛けだった訳です。

海外から輸入した文化は、海外からやって来た人たちによって広めてもらおう!

実に柔軟で効果のありそうな発想です。

ところが、その後ほどなく日本は太平洋戦争を始めます。情勢はバレンタインどころではなくなってしまいました。

という事で、やはりバレンタインデーやホワイトデーが庶民に受け入れられるのは、戦後になってからでした。

日本におけるバレンタイン商戦

上記のモロゾフの広告は、恐らく日本最初のバレンタイン広告だと言えるでしょう。

そして、その効果により、一部の外国人の間では、バレンタインデーにチョコレートや花を贈っていた!!

ここまでが、日本の戦前のバレンタイン事情です。

そして戦後。

まるで菓子業界の策略のごとく、バレンタインとチョコレートが一体化し、日本全土に広まって行った!!

そうお思いの方が多いかもしれません。

しかし、果たして、本当にバレンタインはそんなに容易に日本に定着したのでしょうか?

バレンタイン商戦の始まり

実際、バレンタインを商売チャンスとして取り扱った広告は、松屋と東武が1956年(昭和31年)に、松坂屋が1959年(昭和34年)に新聞掲載しています。

また、伊勢丹では、東京に本社を構える老舗洋菓子店・メリーチョコレートが、1958年(昭和33年)にバレンタインセールを開催しました。

さらに1960年代に入ると、大手菓子メーカー・森永製菓が本格的に参入し、大々的な宣伝を展開しました。

正しく、流通業界と菓子業界がタッグを組んだ、バレンタイン商戦の始まりです。

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ところが、当時の日本はまだ、恋愛結婚よりお見合い結婚が主流。女性から男性に愛の告白をするなどは、とんでもない話!!

そんな事をしようものなら、それこそ「お嫁に行けなくなっちゃう~!!」状態でしたから、今とは随分、目的や装いが違っていたものと見られます。

当時のバレンタインとは、

基本的には愛の日として称え、夫婦間で小物や手料理を提供する!その時、付録としてチョコレートを添える

が主流だったのです。

だからこそ、デパートはバレンタインを重要視し、バレンタイン広告を多数打ち出していました。

とは言え、そこに紹介されているのはスイーツではなく、服飾雑貨だったと言います。

それでも、1968年(昭和43年)には、初めて伊勢丹本店でチョコレートを主役としたバレンタインフェアが開催されました。

これで日本のバレンタインは盛り上がり、チョコがバンバン売れる!と思いきや、やっぱり思惑通りには生きません。

そその後程なく日本はオイルショックに見舞われました。これでまたもや、バレンタインの普及は阻まれてしまったのです。

日本でのバレンタインの定着

上述の通り、バレンタインだから若い女性がこぞってチョコを買ってくれる!という理屈は、高度成長期の日本においては、全く通りませんでした。

そのため、森永製菓では、手紙などにチョコレートを添えて送る事を推奨していたくらいです。

となると、デパートやお菓子屋さんがバレンタインを広めたというのは大きな誤解!

むしろ、彼らは必死になって広めようとしたのに、広められなかった、と見るべきでしょう。

日本にもバレンタインフィーバーがやって来た!

しかし、オイルショックの第1次と第2次の谷間とも言える、1970年代後半。

にわかに日本のバレンタインは脚光を浴びます。

その火付け役となったのはなんと、小学校高学年から中高生の、正真正銘の若い女性たち!!

この頃の日本は、少女漫画の大発展期を迎えていました。そのストーリーにはイケメン男子が登場し、恋愛の自由があり、女性から男性に大胆にモーションを掛けるシーンが溢れかえっていました。

それに感化された10代の少女たちは、心身ともに自由を謳歌し、異性に対しても抵抗なく接する事が出来るようになったようです。

そんな少女たちが目を付けたのが、バレンタインデー。

2月14日に好きな男性にチョコレートを贈って告白する。

このロマンチックな行為は、乙女心をくすぐるには十分すぎるパワーがありました。

しかも、チョコレートなら安価で、自分たちのお小遣いでも十分購入出来ます。また、もらった少年たちも嬉しい!

これで、一気にバレンタインは盛り上がりを見せるようになったのです。

こうなると、オイルショックで低迷していた流通業界やお菓子業界には、絶好のチャンスです。ここで再び彼らは再起を賭け、必死にバレンタイン商戦を盛り上げました。

こうしてついに、バレンタイン=チョコレートという日本流のスペシャルデーの形態が確立され、定着したのです。

これにより、今の50歳以上の方々が、子供の頃のにバレンタインなんかなかった、とおっしゃるのは、正しい記憶だと言えるでしょう。

ならば、ホワイトデーもなかった、というのはどうなのでしょうか?

その答えは、【最終話】バレンタインデーとホワイトデーの由来・ホワイトデーの始まりとお返しに続きます。

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yamamoto
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おしゃべり大好き!お節介大好き!!の典型的関西人おばちゃんです。 趣味で京都の観光ボランティアガイドをしています! 言いたい事はズケズケ言うけど、結構面白かったり、時々ホロリとさせたりもしまっせ~( `pq´)ゥシシ 地元関西地区の食や趣味嗜好的な情報を中心に、自分の最大の課題であるダイエットの情報なんぞも、バンバン発信していきますので、よろしゅうおたのもうします(*^_^*)

【第2話】バレンタインデーとホワイトデーの由来・現代のバレンタインデーへの変遷

【最終話】バレンタインデーとホワイトデーの由来・ホワイトデーの始まりとお返し

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