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京都を支える水物語(第1話)琵琶湖疎水の成り立ち

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この記事の所要時間: 536

親子で楽しむ春の京都、水の歴史と文化を学ぶ0円旅でご紹介した『琵琶湖疏水記念館で学ぶ疏水の歴史と十石舟めぐり無料招待会』。何となく興味はあるものの、その価値が今イチよく分からないとおっしゃる方も多い事でしょう。しかし、琵琶湖疎水の歴史と文化は、京都の水の歴史と文化そのものなのです。

都に水を

『琵琶湖疎水』はその名の通り、滋賀県の琵琶湖から京都市内を通り抜け、京都府南部の宇治川まで続く、全長約23キロの用水路です。京都市内の生活用水や灌漑用水、工業用水を安定させるべく、明治時代に作られました。勿論、今でもバリバリの現役! もし、この疎水が止まれば、私たち京都市民は、たちまち日干しになってしまいます。観光客の方々が京都にいらっしゃった際、飲食や入浴、手洗い等々に使われる水は、ここを通って琵琶湖から遠路はるばるやって来ているのです。

水が京都を救うのだ

実際、海がなく、湖もない京都市内は、間違っても水の都とは言えませんでした。生活用水は主に、地下水に頼っていました。
そんな条件下で迎えた明治時代。江戸時代末期の1864年8月20日に勃発した禁門の変(きんもんのへん)」、通称“蛤御門の変(はまぐりごもんのへん)”により、市内は洛中を中心に一面の焼け野原となりました。その後、ほどなく明治維新で首都が東京に移転。正しく都落ちを絵に描いたような状態にあったのです。当然、人口は減少し、産業は衰退の一途を辿るしかない状況だったと言います。
そこで、復興には十二分な水力が必要だと考えた当時の知事:北垣国道(きたがきくにみち)氏は、満を持して琵琶湖の水を引き込む事にしました。当初は、今の岡崎公園一帯に大規模工業団地を作る事まで考えていたのだとか・・・。流石にそこまでは現実化しませんでしたが、隣の県から山を越えて水路を引き、さらに、船を通したり、発電所を作ろうというのが北垣知事の考えでした。これは、130年以上前の日本においては、大胆極まりない発想だったと言えるでしょう。当然、それ相応の技術が必要になります。そして、それ以上に必須になるのが資金です。

まずはお金が必要

琵琶湖疎水の建設に当たり、京都市では最初、60万円という予算案を出しました。しかし、もっと念入りな工事でなければ認められないと国が物申したため、倍以上の125万円に跳ね上がりました。
60万円と言っても、1円が今の2万円相当の価値を持つ明治時代半ばの話です。今で言えば12億円!! 125万円ともなると、25億という巨額の資金になります。

この際、町を挙げて頑張ろう!

よくよく考えて見れば、京都市内に水路を引き、多量の水を流し、船まで通そうというのですから、中途半端なものでは、大事故や大災害の引き金にもなりかねません。国の言い分はもっともなのですが、となると、何が何でも資金調達をして決行するか? それとも、ここは素直に断念するか? 選択肢は2つに1つです。
そして、議会は決断しました。実行あるのみです。
ただし、そうなると、まず最初に真っ向から立ちはだかるのは、県境の長等山(ながらやま)ではなく、25億という工事費です。取り敢えず、府と国のお金で賄えるところまでを賄い、後は産業基金や寄付で何とか・・・。ですが、現実問題、どう考えても何とかなる額ではありません。そこで京都市は、市民にも協力を仰ぐ事にしたのです。こうして目的税なるものが制定され、善良なる市民たちも、多少なりとも協力しました。我が家は先祖代々の京都市民ですから、恐らく曾祖父当たりが煉瓦の1つ2つは積み重ねたものと思われます。

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次に技術が必要

こうして琵琶湖疎水事業は1885年(明治18年)6月、ついに着工開始の時を迎えました。そうなると、いよいよ次に立ちはだかるは本物の山です。

日本初のシャフト方式工事導入

京都と滋賀県の間には、延暦寺(えんりゃくじ)のある比叡山(ひえいざん)があり、三井寺(みいでら)のある長等山があり。さらに、京都市内に入っても、8月16日は京都五山送り火です!でご紹介した大文字山「如意ヶ嶽(にょいがたけ)」が、疎水の通るルートには立ち誇っています。これらの山を出来る限り迂回するのが賢明な作という事にはなるでしょう。ただ、どうしても避けては通れない山もあります。
中でも、最も難関となったのが長等山です。最終的には全長2,436メートルのトンネルを貫通させなければなりません。それまでの日本のトンネル工事と言えば、両側から掘り進めて行き、最後に真ん中で“こんにちは!”という古典的な工法のみでした。しかし、当時は例を見ない長いトンネルで、それではいつ貫通するか分かったものではなかったのです。
そこで、我が国初の大作戦が取られました。それが山の上からも穴を掘り、その穴を使って真ん中からも出入り口に向かって掘るという所謂「立坑方式」です。立て坑を中心として進められるこの工法はシャフト方式とも呼ばれ、工事の短期化を図れます。そのため、今ではトンネル工事の最もオーソドックスな形態になっていますが、それを国内で最初に取り入れ、成功させたのが琵琶湖疎水の第1トンネルだったのです。

出来る限り国産で

この他にも、琵琶湖疎水の工事では、専門家も思わず目が点の方策が多数導入されました。まず何より、当時はまだ大がかりな土木工事は全て、外国人技師の指導の下、日本人が汗水垂らして働くという形態が取られていました。何故なら、十分な能力を持つ技術者や機械、材料が乏しかったからです。
しかし、そこは一地方都市に格下げされてしまった古都の意地です。何がなんでも日本人だけの力で完成させて見せる! そう決意し、監督に抜擢されたのが田辺朔郎(たなべさくろう)技師、21歳でした。東大卒とは言え、完全なる新卒の青年技師で、これには誰もが驚いたと言います。けれど、彼に白羽の矢を立てた北垣知事には先見のめがあったのでしょう。見事にこの大工事を成功させ、田辺氏は後に、日本初の海底トンネル「関門トンネル」の工事や大阪地下鉄の工事にも多大なる貢献を果たしています。
また、彼の下で働く人たちは、夜間に講習を受け、昼間に現場で実践するという形で教育され、優秀なる技術者として育て上げられて行きました。さらに、材料についても、煉瓦や材木など、生産可能なものは全て最寄りの工場で生産し、ダイナマイトとセメントのみを市販品に頼るという徹底ぶりでした。
しかし、この琵琶湖疎水の最大の目玉は、何と言っても蹴上(けあげ)のインクラインです。そこで次回は、このインクラインについてご紹介しましょう。
京都を支える水物語(第2話)琵琶湖疎水の見所、インクラインとは?
京都を支える水物語(第3話)琵琶湖疎水で栄える水上輸送

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おしゃべり大好き!お節介大好き!!の典型的関西人おばちゃんです。 趣味で京都の観光ボランティアガイドをしています! 言いたい事はズケズケ言うけど、結構面白かったり、時々ホロリとさせたりもしまっせ~( `pq´)ゥシシ 地元関西地区の食や趣味嗜好的な情報を中心に、自分の最大の課題であるダイエットの情報なんぞも、バンバン発信していきますので、よろしゅうおたのもうします(*^_^*)

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