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受験シーズン真っ盛りです。もちろん一生懸命勉強をして、その成果をぶつけるべきです。努力は必ず報われます。とはいえ中には、ズルをしようとする人がいます。いわゆるカンニングです。

昭和の時代は実にアナログでした。一方で平成の世は、カンニングを見破ることが難しくなっています。背景には情報端末の進化があります。いたちごっこではありますが、受験会場が大きく変化しているようです。

昭和の時代はアナログでした

昭和の時代に学生だった自分としては、最近の受験シーン、言い換えるとカンニング事情を耳にすると、人間の欲求、飽くなき追求心、それを可能にする技術の進歩に驚くばかりです。

例えば昭和世代によるカンニング技術は、実にアナログでした。教科書や参考書をそのまま机の中に隠す、それを試験官が動き回る隙を突きつつチラ見することです。すなわち試験官との闘いです。今考えるとコントみたいですね。

一方でカンニングペーパーも流行りました。筆箱に入る、もしくは掌で隠せる大きさの紙へテストに出そうな内容、例えば数学の公式などを書き込むことです。とはいえ小さい文字ですから中々うまくできません。笑い話として、何度も書き直しているうちに覚えてしまった!勉強とはそういうものです。

学校のテストレベルだと、手にマジックで書く人もいました。もちろんバレバレです。手を机の上に出せないので不信感を持たれ、直ぐに見つかっていました。隣人の答案用紙を覗き見ても、それが正解である保証はありません。

携帯電話が受験を変えた

カンニング技術の進歩には、デジタル機器が伴います。つまり携帯電話の登場です。ポケベルでも番号を教えあう程度はできましたが、労多くして益少なし!カンニングにはあまり役立たなかったようです。

とはいえ携帯電話が普及すると転換期が訪れます。もちろん単に電話しかできないタイプならよかったのですが、メール機能があります。文字を伝えあえるのです。特に時計機能があるため、腕時計の代わり!言い訳もできました。

ちなみにお隣の韓国も受験戦争で有名ですが、2004年に携帯電話を用いた大規模なカンニング事件が発生しました。そこまでリスクを負ってどうするのか?しかし大学に合格すればリスクに見合う結果が得られるのでしょう。違った意味で一か八かの大勝負です。

そして昨今はスマホです。画像を取り込む技術があります。単なるメールではありません。そうして大事件が起きるのです。有名大学を受験するレベルの若者ですから、悪知恵は働くようです。

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2011年の衝撃 大学入試問題ネット投稿事件

その後に発生した東日本大震災によって巷の話題から消えましたが、2011年の大学受験において一連の事件が発生しました。つまり受験会場から試験内容をネットに投稿し、閲覧者から解き方を教えてもらう方法です。いわゆる大学入試問題ネット投稿事件です。

実に大胆な犯行です。とはいえ受験当時は見つかっていません。後日ネットを調べた人が発見したようです。そういう意味では巧妙な手口でした。それを知った受験当事者は、愕然としたようです。

それは今では当たり前になったネットの投稿サイトを利用した方法です。質問をすれば善意の第三者が解答してくれます。丁寧かつマニアックな答えなので、質問した当人以外でも参考になります。そこへ入試問題を直接投稿したのです。

解答してしまった人は共犯者か?逆に被害者なのか?もちろん入試問題と知らずに書き込んでいたようですが、災難です。しかし平日の昼間に数学などの解答を直ぐに教えてくれる人がネットを閲覧している?その構図も、ちょっと不気味ですね。

見つからなければよかったのか

悪いことをした人が言うセリフとして、どうして自分だけ捕まるのか?とはいえやったことは素直に反省すべきです。しかし言い換えると、見つからなければ何をやってもよいのか?

日本人は世間体を気にします。つまり誰かが見ているから、悪いことをしない。言い換えると、誰も見ていないか?それを気にします。後々悪い噂が立つことを異常に嫌う社会です。

一方で厳格な一神教が支配する文化では、他人が見ていなくても、神様が見ている!だから悪いことはできない!基本的な考え方が違うようです。欧米でカンニングはないのか?疑問ですが、日本人の悪い慣習であることは否めません。

ウエアラブルは持ち込み禁止

2017年の受験会場は、どこもピリピリしています。携帯電話やスマホの電源を切るのは当たり前です。試験が始まる前、全員に対して机上で電源を切らせます。万が一試験中に音がしたり振動があれば、その時点でアウトになります。

一方でデジタル技術は秒進分歩です。今では腕時計型のスマートウオッチ、眼鏡型のウエアラブル端末もあります。もちろん試験中に操作していれば即退場です。とはいえ紛らわしい場合にはどうするか?
参考「スマホ中毒者に朗報です!近い将来になくなるかも

そういう意味で、ウエアラブル端末の持ち込みを確認した時点で失格にする受験もあるようです。疑わしいことをするな!正々堂々と受験すべきだからです。しかし補聴器型ならどうなるか?本当に聴覚障害者かもしれません。

大学が時計を設置する

スマホの利用が当たり前になると、実際に腕時計を持っていない学生もいます。中には大きな目覚まし時計を受験会場に持ち込む人もいます。とはいえ何が隠されているかわかりません。

それをいちいち対応できないので、個人的な時計の持ち込みを禁止する学校も登場します。例えば京都大学は200台の電波時計を新たに設置したようです。受験は受ける側のみならず、迎える側にとっても大変なのです。

ちなみに時間という意味では、時計は個々に進み方が違います。早く進む時計があったり、逆に遅れることもしばしばです。ならば教室ごとに時間が違ってこないか?相対性理論を使って反論する学生も登場しそうです。

カンニングは何故なくならないのか

カンニングの歴史を紐解くと6世紀の中国、科挙の試験時代にはあったと言われています。古典的なカンニングペーパーの利用、一方で替え玉受験もあったとか。人間の欲求は、時代が変わっても同じなのです。

誰もがカンニングは悪いことである、不正行為だと知っているはずです。だからコソコソと隠れてやるのです。とはいえなぜカンニングはなくならないのでしょうか。学校側もカンニング対策に費やす時間とお金があれば、もっと良いことができるはずです。

もちろん不正をしてでも大学に入れれば、その後バラ色の人生が待っていると考えるからでしょう。しかし東大に入っても就職できない学生はいます。今後は特に学歴=幸せ?もしくは安定ではなくなるでしょう。大企業も潰れる時代です。

死刑制度があっても凶悪犯罪がなくならないのと同様に、メリットやデメリットで捉えること自体が間違っているのでしょう。欲求の方向を、合格という結果ではなく勉強が楽しいという過程に向けないと、カンニングはなくならないのでしょう。

そういう意味では、今後もカンニングがなくなることはなく、技術進歩に伴い巧みとなり、他国で見られるように専門業者が登場する、学校側とのいたちごっこが繰り返されるのでしょう。

実力で受かった方が絶対良いです

カンニングを撲滅するにはどうするか。正々堂々戦ったからこそ意義がある!そういう社会にするべきなのでしょう。とはいえ文科省が組織的にルールを破っている時点で、子供たちにあれこれ言う資格を失っています。
参考「文部科学省が組織的な天下りを斡旋か?しかし何が悪いのか

努力が報われる社会は来るのか?とはいえ実力で受かった方が、結果的にプラスです。あれだけ頑張れたから、今後も頑張れる!自信がつきます。受験では失敗したとしても、勉強した内容は将来必ず生かされます。

不正をした過去があると、ビクビクして生きることになります。嘘を隠すために嘘を重ねる人生は、辛くないですか。変なことを考える暇があれば、英単語ひとつでも覚えましょう。

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