【ママだけ大好き!】親と子どもの共依存?一緒に成長していこう!
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自分の赤ちゃんが生まれると、世界が全て変わってしまう程、幸せが満ち溢れます。

私は、子どもを出産した時『私って、この子を生むために生まれてきたんだ!』と、子どもを生む素晴らしさは表現してもしきれない程の喜びでした。

自分自身にとって我が子は、何にも代えられない程の存在であるように、子どもが母親を一番好きだというのも当然のこと。

しかし、大切だからといって、【愛】と【依存】は全く別物です。

『ママが大好き!』という子どもの感情が依存になってしまうと、自立心喪失の原因になってしまうのです。

【愛】と【依存】

無条件に愛し愛される、親子の愛。親子の愛に叶う愛情は、なかなか簡単にはありません。

だからこそ、優しくも厳しくもなれます。

他人に厳しく指摘することは、容易にはできませんね。

ですが、あまりの大切さにガラスを扱うように大切にし甘やかし過ぎてしまうと、子どもはいつでも何でもしてくれる大好きな優しいママに、頼り切ってしまうことがあります。

  • 親の依存心が、子どもの依存心を引き起こす。
  • 子どもの依存心が、親の依存心を増大させる。

そうして共依存してしまうことで、子どもの自立心の芽を摘み取ってしまう元となってしまうのです。

子どもを甘やかす依存心

私は、子どもが小さい頃、過保護過ぎると言うほど甘やかしてきてしまっていました。

ママっ子すぎる息子に対し、『私しか駄目だから・・・。』と何でも言う通りにしてあげる毎日。

(参考:育児のストレスでもう爆発!?母親のイライラが和らぐ方法

  • 祖父母と皆で食事へ出掛けても、隣には絶対ママがいないと駄目。汚れた口をママ以外が拭いたら激怒して泣き叫ぶ。
  • 遊びに出掛け、父親がだっこして車に乗せると「いやだぁ~!!最初から!」と大泣き。また降りて、ママに乗せてもらい直さなければ気が済まない。

何でもかんでも、気に入らないと「もうっ!また最初から!」と泣きだす日常。

今思い出しても、本当に手のかかる子どもでした。

でもそう思いながらも、自分を一番に好いてくれている我が子を「しかたがないわねぇ。」と満足感を得てしまっていました。親子間での共依存です。

何でも言う通りにしてきたことで、『ママはどんな事だって言う通りにしてくれる。』と思わせてしまってきたのです。

だから、より一層わがままを言うという悪循環。

どうにかしなければいけないと思いつつも、どう対処すればいいのかわからないままでした。

子どもに対する依存心

子どもが3歳くらいの頃、近所の公園へ子どもを遊びに連れて行くと、私はずっと息子の後をついて行っていました。

公園に子どもを遊びに連れてきても、自分の子どもにちゃんと目を配っておらず、砂場周辺でたむろしているママ友なる親の集まりが、正直大嫌いでした。

  • 子ども:「ママ!滑り台がしたいよぅ。」
  • 母A:「もうっ。ママは今お話しているんだから、ここで遊んでなさい!」
  • 子ども:「ママ~!もうお砂場嫌だ。」
  • 母A:「うるさいな~!もう知らない。」

こういう会話が聞こえてきて、切ない気持ちになることもよくありました。

1人で公園出口から出ようとしている2歳程度の子どもを見つけ「出たら危ないよ。」と注意を促しても、どこにいるかもわからない母親B。

誰が付けたネーミングかわかりませんが、私はいわゆる【公園デビュー】というものができていなかった一人という事になります。

『息子を遊びに連れてきているのであって、話をしに来ているわけではない。私には息子がいる。息子にも私がいる。』

全く依存しているという自覚はなかったのです。

ママが大好き過ぎる・・・依存心

とはいえ、自分の子どもには多くの友人を作ってほしいと願っていました。

年中で幼稚園へ入れる予定をしていたので、そろそろ子ども同士の付き合いをさせておきたいと考えだした頃の事です。

  • 私:「お友達と遊んでおいで。みんな一緒に楽しそうだよ?」
  • 息子:「ママと遊びたいの。○○はね。ママだけいてくれればいいの。」

考えれば当然ですね。いつでもママがそばにいるから、友達を作る必要がなかったのです。

嬉しい言葉で満足感を得た半面、胸が少しモヤモヤしたのをはっきり覚えています。

『この気持ちは何だろう・・・?』

依存心という事に気がついたわけではありませんでしたが、『子どものためにはならない。』と漠然とした想いが浮かびました。

  • 大人ばかりの中で育ったばかりに、いつでもわがままが通ると思ったまま幼稚園へ行かせるわけにはいかない。
  • このまま幼稚園へ行けば、友達同士でどう対処していいのかわからず困ってしまうだろう。

私の人嫌いが元で、公園内では誰とも仲良くしようとはしていないことから、息子も誰とも仲良くする必要はありませんでした。
そして、母親に依存し・子どもという世界へ飛び込んでいこうとはしなかった。

親の背中を見て育つとはよく言ったものです。翌日から、私は全力で友達作りを始めました。

(でもママ友を作った結果:【ママ友】がこわい!信じちゃダメ?人間不信に陥った体験談

距離を置いて自立心を養う

私は、ママ友に話しかけて、輪の中に入る努力をしました。息子は、自分のそばに私がいないことで、不服そうな様子。

  • ママ、ブランコ押してよ。
  • ママ、一緒に遊ぼうよ。

時々は、息子のそばに行き・時々は離れる、そういった事を繰り返しながら、「ママもお友だちと話をしてるから、○○もお友達と遊んでおいで。」と言うようにしました。

内心ではそんなこと言いたくありませんでしたが、必死に耐えて頑張りました。

すると、徐々に仲良くする子ができ、活発になっていった息子。

私の子離れできない依存する性格が、子どもが親離れする準備をできないように阻んでしまっていたのです。

息子の「ママだけいればいいの。」という言葉を聞いた時に、気がついていなければ、もしかすると手遅れになってしまっていたかも知れません。

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共依存は一緒に克服していく

【ママだけ大好き!】親と子どもの共依存?一緒に成長していこう!

その頃から、私が用事をしている時・手が離せない時に「ママしか嫌だぁ!」と泣き叫んでも無理なことは無理だと、教えるようにしていきました。

ただ、一方的に「駄目!」と叱りつけるのではなく、必ず行っていたことがあります。

  1. 用事の手を止め、しゃがんで子どもの目線に合わせる。
  2. ちゃんと目を見て、何故できないのかを説明する。

その上で、お願いするのです。

  • 「パパにしてもらってくれたら、ママ助かるし嬉しいな。」
  • 「ママ、お兄ちゃんになった〇〇が見たいな。」と抱き締める。
  • 「今は一緒に遊べないから、後でね。」と言えば約束は必ず守る。

すると、どんどん成長していく息子の姿が見られるようになりました。

もちろん、私の依存心も簡単には消えませんし、息子の依存心もそう簡単にはなくなりません。毎回必ず冷静でいられる完璧な母親になる事も無理でした。

つい甘やかしてしまったり・怒ってしまったり・大泣きされたり・・・

同じことを何度も何度も繰り返し、一歩一歩一緒に成長していったのです。
子どもと一緒なら、辛くても頑張れます。

幼稚園へ入る頃には、依存ではなく愛情の気持ちで息子をバスに乗せることができました。

約1年前の私なら、自分の元から手放せなくて大変辛い想いをしていたに違いありません。息子も泣きわめいて、バスには乗らなかったかも知れません。

「ママ行ってきます!」少し寂しそうにしながらも、笑顔でバスに乗り込む息子の姿が今でも目に焼き付いています。

愛している感情と依存心とは、全くの別物だと考えねばなりません。

親子共々寂しい想いを抱きながらも、成長していく準備は必ず必要なのです。

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