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3月24日、札幌市消防局消防航空隊の40代の男性職員が飲酒運転を行ってタクシーと接触。さらには文京区でもパトカーに追跡された飲酒運転の乗用車が逃走するなど、飲酒運転がとにかく減りません。
ルールとして定められているにも関わらず、一体なぜ減らないのか。
ルール云々ではなく、精神世界の面からなぜ飲酒運転が減らないのかを考えてみるとしましょう。

バレなければ良いという考え

特に多いのがこちらです。
飲酒運転だけではなく、東芝やシャープなどもそうですが、粉飾決算なども結局はこれに行きつくのではないでしょうか。
「バレなければOK」という考えが蔓延していますが、飲酒運転もそれになるでしょう。仮にですが、道路に必ず警察が立っていたり、酒気を感知すると車が動かないようなシステムが搭載されたら話は別です。なぜなら、「バレる」からです。
ですが、現実的にはそのような事はありません。
特に飲酒運転をする時というのは夜です。「この時間には警察などいないだろう」という甘い見通しで、「バレないだろう」と考えるのでしょう。
そして、その結果、飲酒運転を行うのです。
家までが近ければ、「まさかここでバレるような事はないだろう」という気持ちがあるので、結果、飲酒運転を行ってしまうのでしょう。
このような考え方は悪事全般で行われていますので、もしかしたら「国民性」なのかもしれませんね。

自分は大丈夫という過信

これも大きいでしょう。
これだけ飲酒運転が様々な形で報道されているにも関わらず、なぜか「自分は大丈夫だろう」という根拠の無い過信から、このような気持ちへと走る人が多いのです。
自分の事を特別と思っているというよりも、「飲酒運転なんかで捕まる人がバカ」といった過信があるのでしょう。
確かに、飲酒運転は現行犯になりますので、帰りの道中で警察に見つからなければ逮捕される事はありません。事故でも起こさなければバレないでしょう。
ですが、ルールです。「自分だけは大丈夫」だと誰もが思ったら、道中には飲酒運転の車ばかりになるのですが、そのような想像力が欠落しているのです。
「自分は大丈夫」という気持ちから「自分がやっても平気だろう」といったように、軽い気持ちで飲酒運転に走る人はとても多いです。

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深く考えていない

何だかんだでこれも多いのかもしれません。
SNSやインターネット上でニュースを頻繁にチェックしていれば飲酒運転がどれだけ多いのかすぐに分かるでしょう。
ですが、普段あまりニュースを見ていない人にとっては、飲酒運転でどれだけの人が捕まっているのかなど知りません。
ましてや信じられない話ではありますが、昔は飲酒運転の罰則がありませんでしたので、昔はお酒に飲んでそのまま車で帰宅する人もいたのです。
そのため、「昔は良かった」という気持ちから飲酒運転に走る人もいます。ルールが変わっているにも関わらず、飲酒運転を行うのはモラルに欠けていると言わざるを得ないのですが、近年では様々な所でモラルの低下が叫ばれています。

SNS等の炎上騒ぎで、したり顔で若者を批判する年配者もいますが、飲酒運転に関しては年配が多いのも事実。
他国からは「真面目」「勤勉」というイメージの日本人ですが、実際にはそのような事はないのかもしれません。
他の国が更にモラルが低いという事も考えられるのですが、飲酒運転はとても危険を伴うものだというのは、少し想像すれば誰もが理解出来る事だと思うのですが…。
その点では、これだけ報道されているのに飲酒運転が減らないのは残念です。

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