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6月1日のウーマンエキサイトにてなかなか面白い記事が掲載されました。要約すると「固定観念を捨てれば出会いに繋がる」というものです。確かに大人になると、どうしてもいろいろな知識を蓄えているおかげで自分自身にブレーキをかけてしまう人も多いです。
相手の職業を聞いて「私なんかでは…」と思ったり、自分の年齢から、「私とでは釣り合わないよな…」と自虐的に考えてしまったり。ですが、そのような固定観念を捨てる事が出会いに繋がるというのです。

出会いの機会を損失させているのは…自分!?

「出会いがない」と嘆いている大人は多い事でしょう。確かに年齢と共に異性云々ではなく、新しい人間関係が出来なくなっていくものです。新しい世界に飛び出す勇気がなくなっていったり、あるいはまさに固定観念から、「もう出会いは諦めている」と思ってしまう人もいるでしょう。
そのような気持ちも分からなくはありませんが、当たり前の生活を送っていては出会いに発展出来ないのであれば、何か新しい事。つまりは、自分の固定観念を破らなければならないという理屈もよく分かるのではないでしょうか。
つまり、「出会いがない」と嘆いている人の「出会いのない理由」は自分自身でもあったのです。「私なんかが…」「今更…」という気持ちを持っていては、出会いに発展しないのもある意味では当たり前なのかもしれません。

異性云々ではなく…

「出会い」と聞くとどうしても異性との出会いを連想する人も多いのですが、まずは異性・同性を問わず、新しい人間関係を広げていく事に主眼を置いてみるのも良いのではないでしょうか?
いきなり異性をと考えるからなかなか良い相手に巡り合えないのであって、まずは自分と気の合う人間を探す。そして楽しむ。そこからいろいろと人間関係が広がっていくかもしれません。
例えばですが、気の合う同性の友人と出会う。その友人が誰かを紹介してくれたり、どこかに行ったりする事によって人間関係が広がるかもしれません。いきなり「恋人候補」との出会いを求めるのではなく、気楽に考えてみるのも良いのではないでしょうか?

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苦手と感じた相手にこそ…

長年人生を送っていれば、自分自身の直感とてそれなりに根拠のあるものになっていくでしょう。そのため、初対面ではあっても仲良くなれそうか、あるいはそうじゃない人なのかの区別くらいつくようになるものです。
ですが、その直感のおかげで現状があるとも考えられます。つまり、「根拠のある直感」だと思っていたとしても、それが結局は「間違えている」という事をも意味しているのです。もしもですが、その根拠が正しいものであれば、そもそも出会いを求めるような状況にはなっていないはずです。
たまには自分の根拠を裏切り、あまり印象が良くない人や、あるいは苦手だなと感じる人との時間を過ごしてみるのも良いかもしれません。
それまでの「当たり前」で上手くいっていないのです。その「当たり前」だと思っている事が間違っている可能性とてあるのではないでしょうか。

予期出来ないからこそ楽しい

それまでの経験則からでも予期出来ないような事。それが楽しいのではないでしょうか。
年齢と共に、知らない事や新しい事へのチャレンジ精神はどうしても損なわれていくものですが、それが出会いを遠ざけてしまっている要因でもあるのです。
出会いを求めるのであれば、自分自身が苦手だと思うような事であっても果敢にチャレンジしてみるべきなのかもしれません。

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