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最終回まで残すところあと僅かとなったNHK大河ドラマ真田丸」。終盤に突入し、twitterなどSNSでも話題が盛り上がっています。

11月20日の放送では大阪城の首脳陣は講和を、真田信繁等、現場の人間は抗戦を主張。ドラマでもあったように、適当に講和を結んだ方が豊臣方としても得なのです。

にもかかわらず、なぜ浪人たちは講和ではなく戦うことにこだわっているのか。その辺りを史学的見地を元に探ってみるとしましょう。

浪人と大阪城首脳陣の立場の違い

大阪城首脳陣、いわゆる茶々たちは、徳川家康を叩き潰したいのではないのです。息子である豊臣秀頼を守れれば良いのです。

ですが浪人は別です。もしも、講和となれば自分たちの出番はなくなります。つまり彼らは、戦でお金をもらっています。いわば、現代で言えば日雇い労働者のような立場。戦が長引いれた方が仕事が続けられます。

それに、講和となれば浪人たちは大阪城を追い出されてしまう可能性があります。中には豊臣秀吉に対する恩義で大阪城まで馳せ参じた者もいます。

ですが、そのような浪人の方が少数派。浪人たちにとって豊臣家云々など、実はどうでも良いのです。なぜなら、大多数は自身の生活や名誉のために働いているのです。戦闘が長引けば長引くほど自分が活躍出来る可能性が高まるので、講和に反対するのです。

講和すれば、現代の派遣切りのように、仕事の無い生活が待っていることくらい、彼らは充分に分かっているのです。

豊臣秀頼はどう考えていたのか

豊臣秀頼はどう考えていたかは、気持ちを吐露した書状等が残っていないので、史学的見地からは何もいえません。

状況を考えるに、そもそも秀頼は戦を経験したことがありません。大阪城で大切に育てらており、大きな物事を自分で決めたことさえ無いかもしれません。

初めての戦の相手が徳川家康。更には味方は浪人たち。将棋で言えば詰みの一歩手前のような状況です。どうすることも出来なかったしても仕方ないでしょう。

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いよいよ佳境、真田丸

これから真田丸は更に佳境に入ります。残すところあと数回です。お馴染みのあのテーマソングも聞けなくとなると寂しいと思う人も多いのではないでしょうか?そして、幸村はどのような最期を迎えるのか、期待が高まりますね。

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