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遠野物語・奇ッ怪 其ノ参、開演

開演時間になると、舞台袖からイノウエ(山内圭哉)が出てきて流暢な関西弁でしゃべり始めました。『これはこう台本に書いてあるんです』なんて笑わせながら、『スマホの電源大丈夫ですか?』という言葉を投げかけられ、ようやくこの時間が前説なんだと気づきました。

観客とのやりとりもあり、楽し気な笑い声がしていた所で舞台上に婦人警官の姿。そこから、イノウエは関西弁ではなく標準語でしゃべり始めたのです。

あらすじでもご紹介していたように、この世界では標準であることが法律で定められており、地方で喋られる方言も禁止されています。そのため、この舞台が始まった所でイノウエの喋る言葉が標準語となりました。

ヤナギダ(仲村トオル)の登場シーンは取調室で、さすがの存在感だなと想いながら警官やイノウエとのやり取りを観ていました。
ヤナギダが自費出版した本は許可されているものではなく、内容も迷信・オカルトと言わざるを得ないもの。なにより、方言がそのまま記述されているものです。しかし、ヤナギダから言わせると『きちんと標準語も書いてあるから問題ないでしょう。』という言い分でした。

出版された本の根拠は何かと問われたヤナギダは、自信満々に『「ササキ」という青年が語った言葉を、何一つ変えることなく綴ったものである。だから、事実なのだ。』と言い切りました。

この回想には、ヤナギダに話を語った青年も出てきます。ササキ(瀬戸康史)は、小説家志望であり、小説にしたいと思っているのは自らが語る物語です。『ちょっと聞いてみてください。』と慣れない標準語で懸命に伝えようとするも、たどたどしい話は聞き取りづらい。
ヤナギダは、喋りにくそうにしているササキに対して方言で話すように促します

東北の方言に引き込まれる、語り部の魅力

いきなりはじまった東北訛りの話は、東北出身である筆者も細かい所まで聞き取れないほどの訛りでした。このクオリティの訛りには会場にいた観客も驚いてしまい、ヤナギダのセリフである『方言舐めてた。』という言葉に、観客一同笑って納得していました。そして、ここから会場が一気に物語に引き込まれたのを感じました。

彼の話す物語は、人から聞いた話であって、わざと怖い話をしているわけでも、驚かせようとしているわけでもない。だから、落ちは?!という所で終わる話もあったりします。

回想シーンも現実シーンも同じ舞台セットで行われるので、今は回想か?現実か?と場面の切り替えが早いと同時に上手にやっているな、と思っていました。

その中でも、ササキが演じる部分、語る部分というのは本当によくできていて、話だけなのに情景が浮かんでくるような、語られた物語の恐ろしさが伝わってくるような臨場感あふれるものでした。

語り部は「見える人」であり、語り継ぐ人。

ササキは祖母から物語を聞き、眼を合わせるんじゃなく、上から視るようにしないといつか連れていかれるぞ!と散々言われていました。

ササキも祖母も見える人ですが、ササキは祖母とは違い、語っている最中その主人公の想いに引きずられ、疲労することが多々あったようです。実際に、ヤナギダに語っていた時もそうでした。

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過去と現在が折り重なる不思議な空間

イノウエは、自身の妻が夕飯を作っている最中に行方不明となりました。警察には、神隠しにでもあったと思って諦めるしかないと言われ、神隠しなんてあってたまるか!とそんな思いが、今の仕事をする動機に繋がっていました。

そんな胸中をヤナギダに話している最中にササキが現れた時、回想と現実が混ざり合ったかのような印象を受けました。

『今のは誰だ』

というイノウエの言葉で、現実であることがわかります。ヤナギダの、「ササキくんですよ。今は病院に入院しているんです」の言葉で、語り部として話をする上で帰ってこれなくなったことがすぐにわかりました。そして、今亡くなったのであろうことも。だからこそ、この語り部の本に意味があり、託したいのだと。

この舞台は、最後までとても不思議で、笑いもあるのにどこか悲しい話だと感じました。そして、ササキを演じた瀬戸さんがとてもいいお芝居をしていて、2.5次元ミュージカルからとても成長していることが感じられる舞台でした。

前の記事はこちら→【ネタバレあり】遠野物語・奇ッ怪 其ノ参 不思議な舞台の話

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