すすんで優しくされよう!素直に思いやりを受ける優しさ
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人を思いやりたい・優しくしたいという【欲】

人間の三大欲求は、食欲・性欲・睡眠欲と言われていますが、五大欲求は先の3つの他に、物欲・名誉欲・金欲・排泄欲など、数えればキリもありませんし、何が正しいのかという決まりもなく、様々な説があります。

マズローの「欲求の5段階説」

アメリカの心理学者アブラハム・マズローが提唱した「欲求の5段階説」では、人が生きるための原始的・根本的な欲求が底辺にあり、その上に他の欲求がピラミッド型に積み重なっていると提唱しています。これは「自己実現理論」とも言われています。

(関連:人を【好き】だと想う気持ちって何?全ては【欲求のはじまり】

仏教の「五欲」

そして、知らない人はいない仏教では「五欲」というものがあります。これらは【視覚】・【聴覚】・【嗅覚】・【味覚】・【触覚】です。

  • 美しいものを見たい。
  • 心安らぐ音が聞きたい。
  • いい匂いを嗅ぎたい。
  • 美味しいものを食べたい。
  • 気持ちいいものに触れたい・触れられたい。

全ての人が普通に持ち合わせたこの五感が、欲望を生む源とされています。

優しくしたい = 自己愛

どちらにしましても、「~がしたい。」という欲求は、自己を満たすための自己愛の元により成り立ちますが、通常は「世界中全ての人に何を思われようとも、どうだっていい。」という方は、ほぼいないに等しいでしょう。

しかし、

  • 人に優しくしたい =人から好かれたい
  • 誰かを好きだと感じる = 誰かに優しくされたい

誰かに何かをしてあげたいという思いやりある優しい気持ちでさえも、実は全て自身の欲なのです。

そして、その自己愛がある上で、人に対する愛が生まれ・人に対する優しさや思いやりといった感情を、人は学んでいきます。

自己愛が存在しなければ、人に対する愛も優しさも思いやりも、生まれません。

(関連:本当の優しさとは何か?裏側に隠されている衝撃の真実

人は常に優しくあるべきというスローガン

現代では、「お年寄りや体の不自由な人には、席を譲ろう!」という【思いやり】に関する標語が大きく掲げられています。電車内だけに限らず駅構内でもポスターや看板などが、あちこちに掲示されていますね。

自分と関わり合いのある特定な人だけにしか、優しくできない・思いやりのない人ももちろん多く存在しますが、他人を思いやろうという呼びかけに、誰も異論は無いはずです。基本的にそんな事は、誰だってわかっているのです。

好かれたい・優しくありたい というのは、根本的な人の欲なのですから、思いやりの気持ちがない人など存在しません。

ただ、電車だったら「凄く疲れているから座っていたい。」と、感じるのもみんな同じですね。

わかってるけど今は自分に優しくしたい・・・

交通事故により、骨盤を骨折しリハビリ中でまだ完治していない女性がいました。

普通に立っていると、見た目には体が不自由だとは全くわからず、健康そのものにしか見えません。そのため、外出する時には必ず杖を持っていました。しかし、歩くのがかなり楽になってくると杖を持つ恥ずかしかったこともあり、杖なしで電車に乗るようになりました。

ある日、座席に座っていると、電車内にお年寄りが乗り込んできて、ハッとします。

「座らせてあげたい。」とは思うものの、「今から10分立っていると痛みで歩けなくなるかも・・・」という不安がよぎりました。彼女は仕方なく俯き、目を閉じたと言います。

優しくしたいのは山々だけれど「ごめんなさい。でも今は無理なの。」心の中のモヤモヤを抱えたまま座るのは、かなりキツかったと語っていました。

体が不自由でなくとも、こういった出来事が、日常で繰り返されているのをご存じですか?

お年寄りに優しくない若者?

スマホを見ていてふと前を向くと・・・うとうとしていてふと気がつくと・・・目の前にお年寄りや妊婦さんが立っていた。

  • 「エッ!?いつから立っているんだろう?」
  • 「どうしよう。いつから居るのかわからないのに、今更立ったら変だよね。」
  • 「もうすぐ駅につく。次で降りるかも。今譲ってもひんしゅくを買ってしまうかも。」

などど、考えているうちに、タイミングを計るどころか、もう席を譲ることさえできないまま、1駅2駅と過ぎていってしまった。

こういう経験、誰でもあることでしょう。

スマホを見ている若者であっても、全員が平気で座っているわけではなく、胸の中で「どうしよう。どうしよう。」といった気持ちが、ぐるぐる回っているかも知れません。

「今の若い子は思いやりってもんを知らない・・・」なんて言葉を吐く人もいますが、若者よりもいい年をした中高年の方が、思いやりがなく質の悪い場合だってあるのです。

自分の都合の良いようにしか考えないのが人間です。人の心の中を完全に理解することなんて決してできません。

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すすんで優しくされよう!謹んで思いやりを受ける優しさ

すすんで優しくされよう!素直に思いやりを受ける優しさ

タイミングを計ったり、席を譲ることができないのは、多くの人が見ている中では、なかなか行動に移せない事が原因になっている場合もあると言えます。

  • 「断られたらどうしよう。」
  • 「カッコつけて優しくしていると思われたらどうしよう。」

思いやりで立ち上がった相手に対し、何故か無視をしたり「そんな年寄りじゃない!」と、大声でキツく言い放つ方も多くいらっしゃいます。

人前で、思い切って起こした行動を否定されるのは、本当に恥ずかしいものですね。

若者を初め 多くの方が、躊躇する原因には、こういった要因が大いに含まれていると感じます。

実は、私は「お年寄りや体の不自由な人には、席を譲ろう!」ではなく、逆のスローガンを立ち上げるべきだと感じる毎日なのです。

常に「優しくしよう。」だなんて、まだ思いやりも何もわからない小さな子どもに、教える事ではないでしょうか?

多くの方が優しくありたいと考えているのですから、席を譲る云々ではなく、譲られる潔さも必要になっていると感じられます。

「お年寄りや体の不自由な人は、席を譲られよう!」「優しさ・思いやりは素直に受けよう!」という広告も同じくらい掲げるべきだと感じているのです。

そうする事で、タイミングを計る事も必要ない上、思いやりある行動を躊躇する人も必ず少なくなるでしょう。
誰もが笑顔で「ありがとう。」と善意を受ける事ができたのなら、世の中はもっと変わっていくのではないでしょうか。

「優しくしよう。」と、人の思いやりを教えなければ、わからない人間が増加しているのも悲しき現実。

ですが、全く逆の視点で、現在の思いやりなどを指し示す標語を、半分でも「受ける側」に向けて発信できないものかと感じます。

でも、「ありがとう。」と素直に言えない方にも、様々な想いを感じている場合がある事を、少しは考えてみましょう。
(関連:思いやり?おせっかい?【親切心のどうしようもない食い違い】

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