優しい人はいい人?都合の良い存在?見え隠れするエゴ
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優しい人とは何か?

「優しさ」は、自己愛であり他者愛でもある、大変複雑なものです。

「優しさ」は、自己愛があるからこそ生まれ・他者と繋がっているからこそ「自己愛」も成り立つ。こういった相互間あっての関係性であると言えます。

(関連:人を【好き】だと想う気持ちって何?全ては【欲求のはじまり】

私たちが、【優しい人】を【いい人】だと感じているのは、紛れもない事実ですね。

  • 優しくしてくれると、とてもいい人だ。
  • 誰にでも優しいのは、いい人だと思う。

こう感じるのは当然です。

「いい人」って誰にとって?

ですが、その優しい人・いい人は、いったい「誰にとって」のいい人なのでしょうか?

優しくする対象が1人だけの場合は、「誰にとって」ということはないかも知れません。

  • 道に迷っている人を、案内した。
  • 重い荷物を抱えていたので、少し手助けした。
  • 会社の事務作業で、いつも私を助けてくれる。

でも、その対象が複数になればどうでしょうか?

  • 自分と友達が揉めている時、友達ばかりを擁護していた。
  • その人の手助けがどうしても必要だったのに、その人は別の人を助けに行った。

そうなれば、自分にとっては、「いい人」ではなくなってしまいます。すなわち「いい人」とは、「自分にとって都合の良い存在」という事になります。

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いつも味方してくれる優しい人だったのに・・・

ある女性には、どんな相談でもできる友達、Aちゃんがいました。

ある日の仕事中、女性は上司から指示された通りに従ったにもかかわらず、「何故〇〇を先にしなかったんだ!」と、上司から叱咤されました。そのとき、女性は指示通りに行ったことを上司に反論した為、社内で大きな揉め事に発展してしまいました。

それは女性が「会社なんてもう辞めてやる!」と思う程の大きな話になりました。そして、そんな状況に参ってしまった女性は、Aちゃんに愚痴をこぼしたのです。

Aちゃんは、いつでも自分の味方になってくれる、どんな時でも優しい友達。この時も的確なアドバイスをしてくれる・・・はずでした。

なのに、Aちゃんは言いました。

「それは、あなたが悪いでしょう?仮に、指示された事が違うと言ったところで、いったいどうなるの?
謝罪する前に言い訳すればそりゃ怒られても仕方ないよね。言い訳するよりも『まず謝る』でしょう?
今回は折れるべきだったのでは?相手が怒っても仕方ないよ。」

Aちゃんから、そんな風に言われたのは初めてだった彼女は、自分の気持ちもわかってくれない上、優しく味方をしてくれない事に腹を立て、最終的にはAちゃんと喧嘩をしてしまいました。

「都合の良い人」が「いい人」ではない

どちらかと言えば、その女性はわがままで、彼女とAちゃんは、【愚痴を言う】【聞いてあげる】関係で成り立っていました。

上司からの指示も、彼女の受け取り方に相違があっただけで、実際には上司の方が正論を言っていると、Aちゃんは判断したのです。

一方女性は、Aちゃんからいつも優しくされているので、当然今回も受け入れてくれると勝手に思い込んでいました。なのに自分を否定されたので、腹を立ててしまったわけです。しかし、どんな事でも受け入れてくれるという想いは、相手を自分にとって「都合の良い人」として見ているだけです。決して「いい人」と見ているのではありません。

誰でも、自分を否定されるのは、気分が良いものではありません。

  • 賛同してくれたら、「いい人」
  • 否定されたら、「いい人ではない」

こう思ってしまうのが、人間です。

「いい人」を求めるエゴ

Aちゃんだって、人間です。いつでも誰か特定の人にとって都合の良い人であるわけがありません。当然、自身の考えを持っています。毎回毎回、同じ意見だとは限らず、相手の考え方に賛同できない時があっても当然ですね。

必ず気持ちをわかってくれるから、優しくて「いい人」だと思うのは、ただのエゴに過ぎません。

エゴは、人間である限り取り払えないものです。しかしそれを「いい人」の判断基準にするのは間違っていると言えます。

「いい人」でいるのが窮屈

優しい人はいい人?都合の良い存在?見え隠れするエゴ

常に人の目線を気にしている、大変臆病なある女性がいました。

  • 自分が嫌だと感じることは、できるだけ人にはしたくない。
  • 常に「優しい人」「いい人」だと見られたい。

日々そう考えていたので、いつも笑顔を絶やさず、疲れた顔を誰かに見せることさえ毛嫌いしていました。

女性は自身が辛い時でも、必ず会う人会う人に、笑顔で元気に挨拶をするので、時々四苦八苦する事がある、と言っていました。

ずっと地元に住んでいる彼女は、駅までの道中で、知り合いと会わない日はほとんどありません。

  • 今日は誰にも会いたくないと思う時。
  • 無理矢理にでも、笑顔をうまく作れない日。

そう感じる日は、わざわざ遠回りをして駅へ向かっているそうです。

何故なら、知人に会わないでいられるのなら、「それだけ無理矢理笑顔を作る回数が減るから。」だそうです。それでも、駅員・コンビニの店員などには、自身の心情を全て隠し、「どうもありがとう!」とニッコリと接します。

「優しい人」でありたい・「いい人」に見られたいと思っているばかりに、非常に不器用な方だと感じませんか?

いつも「いい人」でいる必要はない

上述した女性が「自分が嫌だと感じることは、人にしたくない。」という気持ちは、逆に言えば、彼女のエゴです。

エゴがあるからこそ、自分自身もそんな態度されてしまうのではないかと不安になったり、嫌われてしまうのではないか、という怖さを抱いてしまうのです。

人間ですから、体調がすぐれない時もあれば、不機嫌な時だってあります。自分が接する相手が、必ず自分の都合良く、思い通りの態度を取ってくれるわけではありません。

その事を受け入れる事ができたなら、無理に笑顔を作ったりするのではなく、楽な気持ちで、簡単に軽い会釈だけできるようになるでしょう。

相手の悪い部分を受け入れられれば、自分の悪い部分も受け入れられるようになります。そうすると、誰かに対する優しさや思いやりが、無理に作り上げたものではなく、もっと自然な感情となって表れてくるでしょう。

こういった事に気づいたら、自分にとって「都合の良い人」を求めるばかりの気持ちや、「いい人」でいなければいけない!という縛りから自分自身を解き放つ事もでき、周りの人の心の中も、もっと見えるようになります。

(関連:思いやり?おせっかい?【親切心のどうしようもない食い違い】

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