自信と自惚れっていったいどう違うの?評価に捕らわれず信じよう
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自身の魅力を発揮するには、必ず【自信】が必要です。(誰よりも美しい魅力を発揮!自分に自信を持つのは鉄則だという真実

ですが、【自信】と【自惚れ】をはき違えてしまっている人がいるのも事実。

似ているようでも、実は全く違う2つの言葉。一体どういった違いがあるのでしょうか?

【自信】と【自惚れ】の違い

自信】と【自惚れ】の違いは、字を見れば一目瞭然です。

  • 【自信】は、自分を信じる。
  • 【自惚れ】は、自分に惚れる。

2つの違いは、字を見れば明白ではあります。しかし、実際には、なかなかそれを理解できないものです。

まずは、『誰かから認められたい。』という想いが、強く出過ぎていないかどうかを考えてみて下さい。

自己承認と他者承認

人は、自己承認と他者承認の欲求を必ず持っています。

承認欲求には、自己を認めたい・他人から認められたいという欲求などがありますね。

(関連:人を【好き】だと想う気持ちって何?全ては【欲求のはじまり】

実際に、私がこの記事を書く事で、会社に認められたい・読んでいる皆様に認められたいという感情が無意識に表れます。これも【欲】です。

ですが、普通に想いを書くことができるのは、自分の考えを素直に伝えたいと思っているからです。

それを【自惚れ】と言う考えもあるでしょう。しかし、私は自分の考えを信じているので、別に他者から認めてもらえなくてもいいのです。

たとえ、全ての人に認めてもらえないとしても、世の中にたった一人だけでも、わかってくれるのならそれで満足。いえ。もし認めてもらえなくても、自分自身がそう信じているのなら、それで充分なのです。

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【自惚れ】は【自信の無さ】の表れ

実は、『自惚れているな。』と感じさせてしまう人は、自分に対して劣等感を抱いている一面が見え隠れしています。

常に人一倍、嫌われることを恐れ、誰かに良く思われる事だけを考えています。そのせいで、無意識に自惚れた言動をとってしまうのです。

つまり、注目してもらいたいがために大袈裟に話したり、自分とは関係のないものを、自分の自信に置き換えようとしたりするのです。

誰かに評価されたい

ある職場。仕事が終わった後、休憩室に数人の女性が集まっていました。

その内のAさんとBさんは、昼休みの合間に服を買いました。Aさんは、それを嬉しそうに皆に見せていました。

「ねぇ。見て!これすっごい気に入ったの。安かったんだ!どう?いいと思わない!?」買った商品が良いものだと、自画自賛していました。

誰でも賛同してもらいたいのは、当然です。『いいものを見つけた!』と、大変楽しそうにしている光景が目に浮かびますね。

一緒に買い物をしたBさんも、Aさんの買い物に「可愛いね!」と声をかけ、褒めていました。

そして、Bさんも、おもむろに自身が買った洋服を取り出しました。そして、無言でそれを自分の体にあてがい、その姿を鏡に映していました。

しかし、Bさんは自分の洋服を自画自賛することはありませんでした。何度も繰り返し角度を変えたりしながら、鏡に写る自分の姿を独り言を言いつつ、見ているだけ。

自分の見る目に自信を持ち、気に入ったものを自画自賛したっていいのに、褒めてもらおうと黙ってアピールするBさんの姿・・・

つまり、Bさんは否定される事を恐れ、気に入ったものを気に入ったと言えなかったのです。自分を信じているのではなく、人の評価ばかりを気にしているのです。

【自惚れ】を【自信】に置き換える?

ある家庭に、中学生の子どもの友人が、数人訪れました。

一人の男の子が、グッチのウエストポーチをつけていました。その事に、その家の母はすぐに気がついていました。

ですが、何も言わずにキッチンで用事をしていました。彼はリビングで友人と話しながら、トレーナーを持ち上げたり、何度もウエストポーチを触ったり…。チラチラと人の顔ばかり見ながら、ウエストポーチを見せつけるため意味のない動作を繰り返していました。

彼の心の中では、

  • 気がついて欲しい。
  • 「凄いね!ブランド物じゃないの?」と言って欲しい。

そう思っていたに違いありません。

人は何故か、価格の高い物が高級品だと思ってしまう先入観があり、ブランド物に弱い部分がありますね。

全く無関係なのにも関わらず、こういった自慢・自惚れを前面に押し出す人物がいます。

高価なものを身につけていることで、チヤホヤされるかも知れないと考えているのです。

  • 「こんなに高級なものを持っているんだよ!」
  • 「ここの社長とは、幼馴染でさ!」
  • 「芸能人の〇〇と知り合いなんだよな。」

ブランド物を持っていることや、芸能人と知り合いだからといって、それがいったい自分自身の自信とどう関係があるのでしょうか。

認められたいという一心から、自分とは無関係であるのにも関わらず、自惚れてそれらを【自信】に置き換えているのです。

評価を求めないのが【自信】

自信を持つといっても、自信がない人にとっては容易いものではありませんね。そんな簡単に自信を持つことができれば、悩みを抱えることもないでしょう。

ですが、自分自身に自信がなくとも、自分が気に入ったものを買ったとき、その『気に入った!』という気持ちを疑う余地はありません。

一番初めに記した、無言で何度も鏡の前で姿を映していたBさんではどうでしょうか?彼女の行動は、明らかに誰かに評価してもらいたいという表れです。

男子中学生も同じ事ですね。ただの勘違い。これも自惚れなのです。

わざわざ自画自賛しなくても・そして誰かに評価してもらわなくても、ただ自分が納得していればそれでいいのです。

変だと言われても好きだから・・・

ある10代の女性は、高校卒業と共にブティックで働き出しました。

その店の商品は、彼女の普段着ているものとは違い、カントリー調でした。主流は、フワッとした、小花が散りばめられているようなワンピースなどの可愛い系。実は彼女、そんな洋服も憧れであり、大好きでした。

ある日、彼女好みの洋服が入荷されました。彼女は喜び、飛びついて購入しました。

元々彼女には派手な雰囲気がありました。なので、お気に入りの服を着た姿に、友人たちから「気持ち悪いよ。全然似合わないよ!」とブーイングが起こりました。しかし彼女はそんなのどこ吹く風。「着たいから、そんな事どうだっていいの!」と、一切聞き入れませんでした。

それを着た彼女は、客観的に見て自身でも全く似合わないとは感じていました。それでも自分のセンスは間違いないと思っているとのこと。

どうでしょうか?

周囲の評価はどうだっていいのです。好きなものを身につけているという【自信】があったのです。

【自惚れ】は自己愛の強さの表れ

自信と自惚れっていったいどう違うの?評価に捕らわれず信じよう

周囲の目にばかり捕らわれているのは、自己愛が強すぎる表れでもあります。

自分へ意識が向き過ぎて、人からの評価が気になっているのです。

他者承認を得たいと思う前に、必ず自己承認することが必要です。ですが、自分で自分を認めれば、人の評価がどうであろうが構わなくなります。

ただごく自然に『自分を信じていればそれでいい。』そう思える事が【自信】です。

人に否定される事を恐れる必要はありません。違う人間なのですから、考え方が違っても当然なのです。

【自惚れず、自信を持つ】それこそが人に輝きを放たせるのです。

(関連:自分が大好きでもいい理由。自信がある事とナルシストは別物であること

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