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今では老若男女もワクワクする、バレンタインホワイトデー

しかし、その原点には、前回の【第1話】バレンタインデーとホワイトデーの由来・バレンタインデーの始まりで明らかになったように、そこには悲劇の物語があったのです。

ではでは、それが何故に、幸福な日への変貌を遂げたのでしょうか?

その真相はバレンタインの死後、200年以上もたった、5世紀のローマ帝国に隠されていました。

五穀豊穣祈願から愛を誓う日へ

3世紀のローマ帝国で、多くの若いカップルたちの結婚式を執り行っていたバレンティヌス司教。彼が反逆罪で処刑されたのは269年2月14日だとされています。

彼の死後、ローマ帝国では、再び兵士を中心とした若者たちの結婚事情が悪化していったものと考えられます。

とは言え、バレンタインの起源となったルペルカリア祭は相変わらず続けられ、若い男女の貴重な出会いの場となっていました。

St.Valentine Dayの誕生!

若い男と女が祭の日に出会って、互いに興味を引かれない方がおかしいでしょう。

どうせ本気で愛し合っても結婚出来ないのならと、遊び感覚での男女交際を求めるカップルが続出。

結果、5世紀に入ると、ルペルカリア祭は完全に、若者たちの性的乱れを助長するイベントとなってしまいました。

これに危機感を抱いた当時のローマ教皇ゲラシウス1世。彼は、ルペルカリア祭より、前日のバレンタインの命日を重要視する事を考えました。

そこで、2月14日を若者たちが純粋な愛を誓い合う日、とする作戦に打って出たのです。

こうして西暦490年代後半、2月15日のルペルカリア祭は廃止。代わりに、2月14日にセント・バレンタインデーという、新たな祝祭日が制定されました。

バレンタインには花やチョコを

ただし、バレンタインデーが公に制定されたからといって、この時点でチョコレートを贈るというルールが定められた訳ではありません。

けれど、聖バレンチノ教会のあったテルニ市では、すでに愛の聖人・ウァレンティヌス司教命日、2月14日を愛の日として定め、ウァレンティヌス司教への尊敬の念と、感謝の気持ちを伝える慣習が定着していました。

その日、人々は花やお菓子を持ちより、互いに贈り合って優しき殉教者を偲んでいたと言います。

つまり、この小さな町で始まった小さな習慣こそが今、世界中に大きな習慣として定着しているのです。

バレンタインデーの広まり

そんなバレンタインデーが西洋に本格的に広まったのは、14世紀から15世紀にかけての、中世ヨーロッパの時代!

フランスなどでも徐々に、聖バレンタインという言葉とともに、2月14日に愛を誓い合う若者たちの姿が、詩や小説の中に登場し始めます。

そして、その後フランスや英国などでは、このバレンタインが若者たちの恋愛文化に大きく貢献したものと思われます。

確かに、2月半ばに結婚を決めたカップルが、農作業が一段落する頃に挙式するのは、至って自然な流れ!

以前、6月の花嫁「ジューンブライド」は本当に幸せになれるのか?という記事の中でご紹介した、ジューンブライドの発祥とも結びつきそうです。

当時のバレンタインデーは、実に純粋で素晴らしい日でした。勿論、義理チョコは存在せず、返礼を求める気持ちなど毛頭なかった事でしょう。

日本にもバレンタインデーを

勿論、ローマ帝国によってバレンタインデーが制定されなければ、ホワイトデーが作られる事もなかったでしょう。

そういう意味では、モテない男性・モテすぎる男性ともに、余計なものを作ってくれたものだ、と思われるかも知れません。

しかし、バレンタインデーにチョコレートを贈る・ホワイトデーにお返しを贈るという、これらの習慣は、実は日本で誕生・確立されたものなのです。

日本でもバレンタインデーに贈り物を

実際、欧米では、お世話になった人にチョコレートを送る事はしばしばあります。

しかし、それが愛情表現になるという事はまずありません。勿論、女性から男性に送るものという感覚も全くありません。

ただし、バレンタインに花束やハンカチなどをプレゼントし、愛を確かめ合ったり、誓い合ったりするカップルは少なくありませんでした。

贈答品としてチョコレートを活用することと、バレンタインデーにプレゼントを渡して愛を確かめ合うこと。

日本で、この2つの習慣に目を付けた人物が現れました。

それが、元材木商で、神戸の老舗洋菓子店・モロゾフの初代社長となった、葛野友槌(くずのともつち)氏。

創業当初にすでに、バレンタインロマンをお菓子業界に持ち込んだ点は評価すべきでしょう。

日本初のバレンタインチョコレート

モロゾフが誕生したのが1931年(昭和6年)。

同社は翌年の1932年(昭和7年)2月、日本初のバレンタイン用オリジナル商品をリリースしています。

それは、ハート型の容器にファンシーチョコレートを詰めたものと、ミニバスケットに花束に見立てたデザインのチョコレートを詰めたものでした。

この2つの商品は、葛野氏が米国人の友人から、現地でのバレンタイン事情を聞き付け、その風習を日本にも広めようと売り出されたもの。

その結果、聖バレンチノ教会のあるテルニ市は、モロゾフのある神戸市こそが日本のバレンタイン発祥の地と称え、1993年に愛の像という彫刻を寄贈しています。

新神戸駅から直結のロープウェイから上ると広がる、布引ハーブ園(ぬのびきはーぶえん)。そこにある母と子が見つめ合う銅像こそが、その記念像です。

また2010年には、テルニ市から直接モロゾフにトロフィーが授与されました。

これを機に、旧モロゾフ本社のあった阪神電鉄・御影駅(みかげえき)南側の広場をバレンタイン広場と命名!

日本のバレンタインの聖地として整備され、最寄りのバス停がチョコレートデザインにリニューアルされました。

しかし、本当にこの時から、今のようなバレンタインデーやホワイトデーの大盛り上がりは始まったのでしょうか?

その答えは・・・【第3話】バレンタインデーとホワイトデーの由来・日本のバレンタインデーに続きます。

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