常に変化を遂げている?経験を積めば積むほど変わっていく価値観
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人の価値観は、常に変化を遂げているものです。

好物で食中毒になれば、トラウマになって大嫌いになったり、嫌いなだったものが人の影響で好きになったり・・・。

その逆も同様。

いつもは感じが悪い人の優しい一面を見て見直し、その後の印象が変わったり・・・。

学習能力というものでしょうか。

固定観念からふと解き放たれた瞬間、感じたことはありますか?

(関連:好きと嫌いは【固定観念】もあるという事実。思い込みの怖さ

近所で怖いと評判だったおじさん

私が小さい頃、実際に経験した話です。

近所に、大変怖そうなおじさんがいました。

小さな子供は誰もが怖がるような雰囲気を持った人でした。

勝手な思い込み

私はおじさんに一度も怒られた事がなかったのに、何故か偏屈な頑固オヤジというイメージを持っていて、彼を見かけると必ず避けるようにしていました。

ある日、学校で描いた絵画を持ち帰っている途中、私は道で転んでしまいました。その時、手から離れた筒形に丸めた画用紙が、おじさん宅の玄関の柵の中へ風でコロコロと転がっていってしまったのです。

『手を伸ばしても届かない。絵には名前が書いてある。どうしよう!!』

膝の怪我の痛さよりも『絶対怒られる!』と恐怖に感じていた時、帰宅したおじさんに、背後から声をかけられました。

覆され変化した価値観

心臓が飛び出そうになる程驚き、思わず泣いてしまった私に、おじさんは優しい笑顔と声で言いました。

「大丈夫かい?待っておきなよ。」

そう言うと、急いで家の中から消毒液と絆創膏を持ってきて、私の怪我の手当してくれました。

つまり、『おじさんは恐い人。』という自分の中の考えは、ただの思い込みだったのです。

当時の私の価値観では、幼少期だからというのもあってか、『いつも笑顔でいる人が優しい人だ。』と思っていました。

要は、見た目だけに誤魔化されていたのです。

人間の優しさや笑顔の対して、自分の中の価値観が覆されたような想いだったような気がします。

そのことに気がついたのは、二十歳を過ぎてからでしたが、大変良い経験をしたと感じています。

育った環境による価値観

ある女性は、結婚するまでは、どちらかと言えば両親に甘やかされ『欲しい。』と思ったものは、何でも買ってもらえる生活を送っていました。

何が高いか安いかも知らなかった・・・

フルーツが好きだった彼女。中学生の頃、遊びからの帰り道に、八百屋で大好物のアメリカンチェリーを見つけ、買って帰りました。

夕食後、家族でそれを食べていたとき、母親に「これ、いくらしたの?」と尋ねられました。

彼女は、何の気なしに「安かったよ♪800円」と答えました。

自身で買い物もせず、物の価値もわからない中学生が「安かったよ♪」なんて答えたものですから、母親は驚いて言いました。

「フルーツに800円なんて、そんな頻繁に買えるものじゃないよ!高いんだよ。」

現在、彼女は結婚し、子どもを授かりました。家計をやり繰りするのは、専業主婦である彼女の役割です。

お金のやりくりを考えていると、何故かあのアメリカンチェリーの出来事を思い出し、当時の自分が滑稽で『ふふっ。』と笑ってしまうそうです。

物の価値も知らずにいたあの頃からの変化

彼女は、恵まれた子ども時代だった沢山の思い出が蘇るそうです。

  • 小学生に、フェイクファーではなくチンチラの毛皮を着せる。
  • 回転寿司には一度も行ったことがなく、お腹が一杯になったからと、大トロにウニやアワビなどをネタだけで注文し続ける。
  • 毎年正月前には古い下着や洋服は捨てて、新しいものに全て買い換えてもらう。
  • 雨の日には、車で送り迎えしてもらうのが当然。

『あ~。贅沢させてもらってたんだな。』と、今は親に心から感謝しています。ですが、当時はそんなこと【当たり前の感覚・価値観】だったのです。

ですが、大人になった今は、彼女の生活水準があります。それと欲しいものを照らし合わせる経験を積み続けることで、子ども時代の価値観がどんどん【変化】していきました。

成長するにしたがって、無駄なものは無駄!という感覚が養われます。自分自身の価値観が出来上がっていって当然ですね。

自分でお金をやり繰りする経験により、お金や物の価値観が変化したのです。

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その価値観 当時知っておきたかった!

「高校なんか、何のために行くんだよ!社会に出て役に立つ勉強なんてない!」と言い切り、中学卒業で社会に出た青年がいました。

役に立たない事はしたくない!

彼は、『小学校も中学校も何故義務教育なんだ?意味ないだろう。』という価値観を持っていたので、簡単な漢字を書くことさえできないまま、働き出しました。

現在では、高卒は当然・大卒も必須という世の中ですが、少し昔の話なので、当時は大卒まで求められてはいませんでした。

でも、高卒の条件は必要でした。彼は中卒だからと、どこに面接へ行っても入社できない、という現実と向き合うことになりました。

思い込みの価値観に後悔

彼は何度も「中卒なら、うちでは雇えない。鳶職や工事作業員しか無理でしょうね。」という、冷たく見下されるような言葉と視線を浴びました。

彼は、学歴だけで人を見る相手に対し、大変イライラしたと言っていました。

(関連:人間関係で【イライラを抑える意外な方法】マインドコントロール

大手に履歴書を送っても、当然書類落ち。彼は現場仕事をこなしていけるような体力もなく、途方に暮れたそうです。

『自分の価値観は何だったんだ!?』自問自答することになりました。

親や教師の助言を受け入れ、もっと色々なことを学んでいれば・自身の価値観を少しでも疑い、変化していれば・・・現在はもっと違っていたのだろう、と感じたそうです。

気づいてからでも遅くはない

自分の価値観だけでは世間が受け入れてくれない、と身にしみた彼。一念発起し、アルバイトをしながら夜間の高校へ通い、独学で大学を受験しました。

結果、名門とは程遠い大学でしたが、見事合格。年齢差があるが故、同級生たちには馬鹿にされながらも、必死で耐え卒業したそうです。

その後、様々なことを学んだ彼は、事業を立ち上げました。

結果、現在成功を収めている彼が、こう話してくれました。

  • 「もっと自分の価値観を疑っていれば、貴重な時間を無駄にはしなかっただろう。」
  • 「でも、それも貴重な経験の一つだった。」

時間を無駄にしてしまったからこそ、それを大切にしなければいけないと学習し・変化できたのです。

中卒で、難なく雇ってくれる仕事があれば、今の彼はなかったかも知れません。

人の価値観は必ず変化する

常に変化を遂げている?経験を積めば積むほど変わっていく価値観

3つの例のように、人の価値観は環境や自身の経験で、必ず変化していくものです。

ですが、歳を重ねるごとに変化しづらくなっていきます。

それに気づいて再び価値観が変わり、頭が柔らかくなってくるのは60を過ぎてからだった、という場合が多くあります。

ですが、年老いてから気がついても『何かを変えてやろう。』という気力は、もうないでしょう。

ですので、今の自分の固定観念や先入観に縛られず、人を自分のスケールで計ることにこだわらないで下さい。

価値観は、多くの人格や考え方・判断の違い・好みの違いがあるもので、誰にも当てはまる【正解】はないからです。

現に、私が今お話している内容でも同様で、決して正解とは言えません。

あなたが「価値観を変化させる必要はない!」と判断すれば、それが正しいのでしょう。

後悔をしなければ、それで万事OKなのです。

ですが、様々な人の意見を頭の片隅に置いておくだけで、何かが変わるかも知れません。

(併せてご覧下さい。:そのこだわり本当に必要?真の価値観?本当に大切なものは何か

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