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授業中に生徒が先生を蹴る!

学校は内密にしていたようですが、生徒が動画を撮影、それがSNSで拡散される間に、善意のある人が?警察に届けたようです。

傷害事件として、生徒は逮捕されました。

かつてなら、そうした生徒を怖い先生が一喝しました。

とはいえ、今は先生が生徒に手を出せません。それを逆手に取った事件でもあります。

しかし、教育現場がこれでよいのでしょうか?体罰と騒ぎすぎです。

教育的指導はいけないのでしょうか。

起きるべくして起きた事件

事件は2017年9月28日に起きたようです。タブレットを使った授業で、生徒の一人が関係のない動画を見ていたとか。

それを先生が注意してタブレットを取り上げたら、生徒が逆切れした?講師は同年4月から入った新人だったそうです。

2020年からデジタル教科書の導入が決まっていますが、ネットにつながる機器を与えたら、起きるべくして起きることでしょう。

現段階ではデジタル教科書に関するポジティブな話題しか流れませんが、実態はどうでしょうか?

学校側は、事件を伏せていました。動画を知った警察が、蹴られた講師に対して被害届の提出をすすめたそうです。

おかしな話です。

私立高校ということもあり、体裁を気にしたのでしょうが、そうした学校へ行きたいでしょうか。

学校は昔も今も荒れています

私が中高生だった昭和50年代、学校が荒れていました。

いわゆるツッパリブームでしたし、映画やドラマで「積み木くずし」が放映されました。校内暴力という言葉が流行った時代です。

シンナーを吸い、ラリった状態で中学校に来る同級生がいました。体育館の裏やトイレで、多くの中学生がタバコを吸っていました。生徒同士のケンカ、いじめも日常茶飯事でした。

平成が終わろうとしている今、明らかにツッパリのような子はいません。タバコを吸っている中学生も少ないでしょう。

逆に生徒会長のような、一見すると優等生に見える子が、陰でいじめを誘導していた?陰湿になっています。

いつの時代も学校は荒れています。その理由は何か?子供たちのストレスです。

そろそろ押しつけ型の教育方針を改めないと、アメリカのように銃を乱射する事件が起きるかもしれません。給食に異物を入れる?などがありえるかもしれません。

とはいえ「ゆとり」という意味ではありません。

文部科学省やインテリ、いわゆる有識者たちは極端すぎます。

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親は何をしているのか

暴力的な子供の親は何をしているのでしょうか?放任主義なのでしょうか。

親に強く言えない学校の問題もあるでしょうが、親の責任は問われないのでしょうか。

仕事で忙しい?理由になるでしょうか。

無責任な親から無責任な子供が作られていきます。

少子化を嘆くより、まっとうな大人がいないことを考えるべきでしょう。

言い換えると現代の若者は、自分が親になることを拒否しているのです。

将来的に日本人が絶滅したとしても、自分勝手で無責任な人が増えるよりはましでしょう。格差社会は、そうしたところに原因があるのかもしれません。

叱れる大人がいない

体罰がいけないことはわかります。

とはいえ、生徒を叩いたらすべてが体罰なのでしょうか?

悲しいことではありますが、殴られて初めてわかることもあります。自分が傷みを感じることで、相手の痛みを理解するのです。

今の子供たちは、殴り合う経験がありません。だから他人の痛みがわからない?平気で残酷ないじめをします。

大人がしっかりしないと、子供はどんどん壊れていきます。社会はどんどん荒れていきます。

先生はどこまで耐えるべきなのか

今回の事件では、学校側が先生に対して、耐えろ!そう指導していたようです。

もちろん先生のコミュニケーション不足もあるでしょう。

とはいえ動画を見る限り、かなり教室が荒れています。話せばわかる?そんな状態とは思えません。

そうした環境において先生はどこまで耐えるべきなのでしょうか?

先生が生徒を叩けば傷害罪になります。

女子生徒に触わるとセクハラで訴えられる?

さらにモンスターペアレントが登場するでしょう。

問題なのは、子供たちが少年法で守られていることです。

今回逮捕された生徒も、何らかの法的措置を受けますが、それでも前科にはなりません。

ネット上で暴かれるかもしれませんが、公的に実名が広まるわけではありません。

そうした状況において、先生はどういう対処をすればよいのでしょうか。コミュニケーション力を高めれば解決するのでしょうか。

高尚な教育評論家たちに、是非、お手本を示してもらいたいものです。

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学校は治外法権でよいのか

学校や教育委員会の体裁があります。事件を公にしたくない!大人の都合です。いじめの問題も同じです。

とはいえ、逆に公すべきです。

もっと教育現場をオープンにして、国民的議論をすべきでしょう。先生はもう限界に来ています。

学校は治外法権で良いのでしょうか?

そうした時代ではありません。悪い事をすれば警察に捕まる!そうしたことを正しく教えるべきです。

それこそが本当の教育であるはずです。

マスコミが変に騒ぎすぎるのも異常です。

なお大学の自治は守られるべきか?大学へ警察が入ることを拒む風潮が今でも残っています。

しかし、悪いことをしていれば警察が介入すべきでしょう。他人に危害を加えれば立派な刑事事件です。

教育システム全体を、大学から変えていくべきです。

怖い先生への待望論

昭和の時代は、怖い先生が必ずいました。竹刀を振りかざす、生徒を殴る!そうした先生が私の学校でも実在しました。

言い換えると、それが当たり前でした。

学内の不良も、そうした先生が怖くて、一線を超えなかったのかもしれません。

もちろん暴力の連鎖は避けるべきです。話し合いで解決すべきでしょう。

とはいえ、きれいごとでは済まないこともあります。

コミュニケーションの通じる相手ではないからです。そもそも会話が成り立ちません。

怖い先生も、ただ好き勝手に殴っていたわけではありません。普段は優しい先生です。逆に不良から慕われていたのも事実です。

慇懃無礼で大人しい先生よりも、破天荒な先生の方が、実はコミュニケーション力に長けていたのです。

体罰から得られるものはないのか

体罰禁止!

とはいえ体罰とは何でしょうか?120%悪い事なのでしょうか?そこから得られるものはないのでしょうか?

逆説的ですが、暴力はいけない!ということが少なくともわかるはずです。

こじつけではありますが、ガマンすることを覚えます。不条理な世界を実感できます。

そもそも大人社会に出れば、ガマンの連続です。それを若い間に体験しておくべきです。それができていないから、会社をすぐに辞めてしまうのです。

世の中は不条理です。正義が勝つとは限りません。

そもそも正義とは何でしょうか?実際にはお金や権力を持った人が正義になります。

そうしたことを学ぶことも教育です。

先生になりたい人が減ってしまうかも

今回のような事件があると、先生になろうとする人が減ってしまいそうです。

自分も怖い学生生活を経験していれば、先生になりたくないですね。

そうした悪循環で学校はどんどん荒れていきます。

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